長宗我部元親
ちょうそかべ もとちか
土佐の戦国大名。
初陣が23歳と遅かった為、はじめ「姫若子」と揶揄されていた。
しかしいざ合戦が始まると鬼神の如く奮戦し「鬼若子」と呼ばれた。
土佐の1国人領主から、土佐を統一して「土佐の出来人」と称えらる。
やがて四国全土を統一する目前にまで勢力を拡大した。
しかし豊臣秀吉の四国征伐に屈することとなり、最終的には土佐一国のみを安堵される。
「一領具足」は長宗我部家が用いた半農半兵の制度。
普段は農民だが、招集がかかると一領(一式)の具足(甲冑)を持参し参陣する野武士たち。
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